参加学生体験談

2018年度 NJE3

北極域永久凍土生態系実習

三隅 智央

Hokkaido University Graduate School of Agriculture Master Course 1

Period of time :7 August, 2018 ~ 19 August, 2018
Host University :North Eastern Federal University
平成30年度基礎科目

8月7日から19日にかけて、ロシアのヤクーツクでの実習に参加した。
ヤクーツクに着く前にウラジオストクを経由した。ウラジオストクは、いつか習った天気図の地図上で見て以来その存在を知っていたが、まさか本当に来ることになるとは当時は予想だにしなかったので、実際にその土地を歩いているというのは感慨深いものがあった。

話には聞いていたが、本当に英語が通じないことが多く、ものを買うのにも苦労した。そんな中でもなんとかマトリョーシカを手に入れることができた。マトリョーシカは大きさ、デザイン、値段も様々である。高いから品質の良い商品とは限らず、意外とスーパーの片隅に置いてあった300ルーブル程度の安いマトリョーシカが、最小の人形に至るまで表情が丁寧に描かれている一方で、500ルーブル程度で買ったものが、小さい人形になるにつれどんどん顔面が崩壊していく様を目の当たりにし、何とも言えない複雑な心境であった。現地の食べ物に関しても言えるが、値段に惑わされず、実際に試してみていいものを探すのが、ベストな方法のようだ。

飲み物はモルスと呼ばれるコケモモジュースが美味しく、研修が終わるまで度々買っていた。1ボトル30ルーブル程度(日本円で60~70円位か)で購入できる、現地ではポピュラーな飲み物で、研修終了前に訪問したレストランでも、諸々の酒が提供される中で、ソフトドリンクとして唯一無二の存在感を示していた。

8月9日未明にヤクーツクへ到着する。ドミトリーでシャワーを浴びようとするが、水が出なかった。うまく出すにはコツがあって、習得までに数日かかった。また、水が出てもお湯が出ない日もあり、夏だからよかったが、冬の場合はシャワーをあきらめるしかない。演習林から帰ってくる頃には、適温のお湯の出し方もマスターできたので、快適だった。

初日のNEFUでの自己紹介の後、市内を軽く散策する。道端に馬糞が落ちていたので、馬車でも走っているのかと思ったが、走っているのは自動車(トヨタ車が多い)ばかりだった。聞いてみると、馬を放牧しているらしい。こんな街中でまさかとは思ったが、実際に証拠は残っているし、後日、本当に飼い主不在のウマ数頭が、花壇の草をはみながら街中を悠々と歩いている姿を確認した。文化の違いの面白さを感じた象徴的な出来事だった。

市内を歩く馬

8月10~15日にスパスカヤパッド演習林で実習を行った。現地へ向かうバスは冷房が付いておらず、天井が開く(!)タイプのものだった。型式はとても古そうで、ソ連時代の代物と思しきデザインであったが、確証はない。舗装道路の状態は芳しくなかったが、森に近づくにつれ土むき出しの轍が深い道となり、車が倒れるのではないかというレベルで大いに揺れた。揺れは大変だったが、これも次第に慣れた。そして帰る頃には大抵の揺れを気にしなくなっていた。

揺れにしろ、トイレにしろ、今までの生活と大きく異なる状況に、一時的な衝撃を受けたとしても、その状況になればやっぱり慣れるものだし、人間の適応力は計り知れないものがある。これは、この研修で実証できた有意義な教訓であった。行きの道は宿舎への道の途中から徒歩で森を歩いたが、途中車の歯車の大きな部品が落ちていた。この道路状態では壊れても仕方ないだろうが、これに耐えて走っている車は、ボロそうに見えて意外と丈夫であることが、期せずして判明したのだった。

演習林に向かう途中、市内で水を購入した。市内でも水道水は飲み水としては使わない方が良いとのことだったので、歯磨きもミネラルウォーターを使用していた。しかし、演習林ではまず水道水が無く、手洗い水は雨水、風呂の水は池の水なので、5日分の飲み水を用意しなくてはならない。皆が購入したのが、5~6 Lの樽のような容器に入ったミネラルウォーターで、日本ではウォーターサーバーぐらいでしか見ないようなものだった。容器の口には取っ手がついていて、もち運びにも便利である。

6Lボトル

結局、現地では水の節約のために、しばしば雨水を沸かしたお湯を飲み水に利用していた。幸い、乾燥しているといわれているこの地で珍しく大雨が降ったので、新鮮な(?)雨水が桶に満たされていて、幾分色のついた水を紅茶でごまかしながら、美味しくいただいた。今なら、近代のイギリス人が紅茶を好んだ理由が分かる気がする。

所属したグループでは、Pine林とLarch林それぞれに、永久凍土に達する穴を掘り、深さごとの温度、土壌水分量、また、表層部分の呼吸量を調べる作業を担当した。これは、気候変動により永久凍土層の深さが変わることで、その上部の活動層と呼ばれる部分が拡大すると、そこに含まれていた有機物が温室効果ガスとして大気に放出され地球温暖化に影響を与える懸念があるため、その変動を調べて今後の研究に生かすことを目的としている。深さはそれぞれの林で1.2mと2.1mという大規模な穴となった。砂質土壌であるので、掘ること自体にはそこまで困難は伴わないが、なにせ排出する土壌量が多く、多大な労力を要した。しかし、永久凍土層に達し、実際に手で触れてみると、達成感と共に、もう二度と自分たちで永久凍土まで掘り進めるという体験はできないだろうという思いも相まって、感動的な、そして忘れられない思い出として心に刻まれた。外気温が25℃くらいの夏の気温であったが、穴の中は冷蔵庫のようにひんやりとしていた。また、永久凍土はよく冷えた飲料水の缶のような、冷凍庫から出したアイスのような冷たさのように感じた。

深さ2.1mの永久凍土層到達の記念写真

シベリアの森林で穴を掘り、提供されるおいしいご飯を食べ、満天の星空を眺めてから寝袋に入り、朝7時半に起きで宿舎のおばちゃんに挨拶して、ご飯を食べて森に出て――。作業は体力勝負であったが、意外にも健康的な生活を送れ、日本で研究に没頭していた日々と比べると、インフラは整備されていなかったけども、元気に、そして逞しくなったような気がした。

演習林での食事

昼は暑い日もあったが、夜は5℃くらいまで冷え込んだ。その為か、非常にきれいに星が見えた。今まで認識できなかった北斗七星が、はっきりと見えたことが印象深い。時期もよかったのか流れ星もよく見えた。また、人工衛星のようなものも確認できた。小屋は朝方冷え込むので、ロシア人のマラットさんが夜中に暖炉に火を起こしてくれた。シャーマニズムの考えにより、初めて火を起こすときにはピロシキなどを火の精霊に捧げるようで、また、火を起こすときに何かを唱えていた。日本の八百万の神の思想と似ていて親近感がわいた。厳しい自然環境にさらされて生き抜いてきた人々は、人種・国籍に関わらず自然に対する畏怖と尊敬の心が芽生えるのだと思う。

暖炉は我々に暖をもたらしただけではなく、煩わしい蚊を屋外へ追いやってくれる効果もあり、快適な睡眠環境を提供してくれた。昼間汗や土にまみれ、また夜の寒さに震えていたため、2回あったサウナが楽しみであった。サウナではボイラーに薪で火をおこし、そこで池の水を沸かしてお湯を作り、使用時には熱していない池の水とタライで混ぜて適温のお湯を作って体を洗う仕組みになっている。それを期待していたのだが、自分が使用するときには先客がほとんどのお湯を使い果たしており、真夜中、冷たい池の水をかぶる滝行の後に、ぬるくなったサウナで体力の回復を図るという苦行の場と化した。蛇口を捻ればお湯が出るというのは当たり前のことではなく、文明の賜物に他ならないということを痛感し、我が国の文明の進歩と、その環境下で生きることを許された運命に感謝した次第である。

バラガン内の暖炉

シベリアの森林地帯での演習はとても貴重な経験になった。木が多く立ち並ぶ森林の割には、林床まで明るい日差しが差し込む場所が多いという印象で、そこに自生するコケモモを、実習中に適宜つまみながら食したのはいい思い出になった。

林床に群生するコケモモ。果実もジュースも美味しい

自分の研究分野からは遠い、森林での実習であったが、異なるフィールドを持つ人たちと交流し、その面白さに気づけたことは、今後どの分野に属することになっても楽しみながら行えるようになるために必要なスキルだし、それを身につけたというのは大きい。また、今回は実習を通じて英語でのコミュニケーションが要求された。自分の語学力はまだまだ至らないことが多いと痛感したが、身振り手振りで何とかやっていけること、とにかく考えたことは積極的に発信していくことが文法的な正確さよりも大事であることが分かった。とくに、NEFUに戻ってから行った、グループ実習のプレゼン作成時には、意思が伝わりさえすれば、相手がそれを受けて考えることができ、全体としての考察が深まってゆくことを実感した。それでも、内容は頭に思い浮かんでいるのにうまく言葉で表現できないもどかしさは常に感じていた。今後はもっと細かいニュアンスや、考えを伝えるため、語彙力と会話力の習得に励みたい。

森林演習の最後に、カルチャーイベントを行った。日本側は「嵐」のダンスと、広島出身の自分主導で折り鶴をレクチャーした。皆が作った折り鶴は、まとめて千羽鶴になり、厨房に飾ってもらった。お互いに利害関係を考えずに、一緒に汗を流して一つの目標に向かう経験を、まだ自由な身である学生の内に体験できたのは、将来、また何らかの形でロシアの方々と関わる際に、きっと役に立つと期待している。千羽鶴が平和を象徴するように、両国の平和な関係が築かれることを祈って。

厨房に飾られた千羽鶴