2025年度ブルガリア実習<ソフィア大学>
福田 悠朗
北海道大学大学院文学院 人文学専攻 言語科学研究室 修士2年
副題:修論の逃避をしようとしたら引率がまさかの指導教員だった。
ロシア語研究者より、ブルガリアへのまなざし

私は他の学生と比べてブルガリアを意識することが多かったように思う。初めてブルガリアを意識したのはおそらく、ブルガリア語研究の最前線をひた走る私の指導教員について調べた時で、次は熱心なブルガリアのファン(彼はブルガリアのことを「故郷」と呼んでいた)であったゼミの先輩がブルガリア愛について語っていた時だろう。しかも、私のいる言語科学研究室にはブルガリア履修者が一定数いたため、飲み会の掛け声は必ず「Наздраве! ナズラーヴェ! (健康のために!というブルガリア語の乾杯の意味)」にする、という内輪ノリまであった。
私自身が研究対象とするロシア語の次に触れる言語と国。まさしく、私にとってブルガリアこそが遠くて近い国であった。これは「遠い隣国」と表される、ロシア連邦と対極の存在である。
……というように、たいそう関心はあるものの、行くタイミングがなかなかない。そんなことを思っていたら、OGGsプログラムのブルガリア研修が舞い込んできた。行きたい事このうえない。だが時期は11月下旬。1月8日提出の修士論文を考えると佳境も佳境である。こんな時期に2週間も海外でほっつき歩いていたら指導教員に怒られてしまうに違いない!え?引率が指導教員?指導教員公認で遊べるのか……なら大丈夫か!と勢いで申し込みました。
とはいえ、研修中、修論に全く手を付けないのはありえない。よって、ブルガリアの首都、ソフィアの地でコーヒー片手に優雅に修論執筆としゃれこもうと……そんな甘えた気持ちは研修初日から潰えました。理由は明らか。あまりにも、あまりにも充実していたから。
なんとも嬉しいことに、先生も、現地の先生・学生の方々による、僅か9日間ではあるがブルガリアの全てを吸収してほしいという熱い意志のおかげでスケジュールはパツパツ。朝8時に集合し、17-8時まで観光と授業。そのあとは真夜中まで現地の学生らとご飯食べ、酒を飲み、おしゃべりをする。毎日数万歩歩き(ほぼ山登りの日も!)つつ、拙い英語と、自己紹介ができるかどうかレベルのブルガリア語をフルスロットルで出力する日々。幼な子のように体力を0になるまで使い切り、寮のベッドに倒れこむ毎日。およそ修論どころではないことはおわかりいただけたことだろう。
ブルガリアを余すことなく味わうことができたため、書きたいことはたくさんある。ただし、紙面には限りがあるため、特筆すべき点を絞った。
・過去と現在の融和が美しい
・日本語の授業を日本語母語話者が受けるのは面白い
・ブルガリア語チャレンジをする我々を見守る、現地の方々の温かい目
我々は研修期間の大半をブルガリアの都市部で過ごすことになったのだが、少なくとも札幌では見ることのない景色に出くわすことになった。

街の中心に突如現れるローマ時代の遺跡。石畳の床だったり、煉瓦の壁だったり、石造りの柱だったり。たくさんの遺跡たちが中心の駅や商店街の真ん中に鎮座している。住んでいる方々はこれをなんでもない日常の一部として受け入れている。建築デザインの一部に組み込んでいる。音楽フェスの会場になっていたりもする。日々の生活に潜んでいたり、今の生活と調和していたり。このような、歴史と融和する都市の美しさは新鮮に映った。
現地の大学では、ソフィア大学の日本語コースのお手伝いという形で何度か授業へ参加した。私も言語学の研究者の端くれとしても見逃すことのできない授業であった。異なる視点から日本語をみる貴重な機会である日本語の授業はやっぱり面白い。促音(小さい「っ」のこと)は空白で教えるなどの工夫から、オノマトペの授業では「しんしん」をどう説明したものかと苦慮する我々日本語話者の姿を楽しそうに見るソフィア大学の日本語の先生など。宇宙よりたどり着くことが難しい深海よろしく、母語が一番分からないということを痛感する授業であった。
OGGsプログラムでは英語が必須とされるが、ここブルガリアは英語圏では全くない。だからこそキリル文字を読み、拙いブルガリア語を繰り出す機会もたくさんあった。やはりありがたかったのが拙いブルガリア語でも一生懸命聞いてくれ、ブルガリア語で話すとたいそう喜んでくれることだ。話すと喜んでくれる、これが最も語学のモチベーションをあげてくれる要素だ。ぶっきらぼうにみえる大学食堂のおばあちゃんが、現金の支払いに手間取る我々学生に対しかなり怒っていたが、最後に「ごめんなさい!とてもありがとう!」とブルガリア語でいったとき、にっこりしてくれたのは間違いなく1番の思い出である。

デフォルトでオール炭水化物構成になりがちな学食。
要点に絞ってもエピソードが沢山出てきてしまった。いろいろ書き連ねたが、とにかく楽しかったという一言に尽きるだろう。修論間際でも参加する価値が非常にあることが伝わっていたら幸いである。私にとっても、研究対象以外の言語を操り、異なる目線から母語である日本語をみるという機会は潜在的に研究に役立つことは間違いないだろう。
ところで、現地学生と酒を酌み交わしたときに、ついに本物の乾杯にお目にかかることができた。ブルガリア語で「乾杯!」は先述の通り。さあ、ご一緒に、「Наздраве! ナズラーヴェ!」!

追記:猫も沢山いました。猫を愛でるのは修士論文執筆において一番の息抜きである。