2024年度アラスカ実習<アラスカ大学フェアバンクス校>
堀越 健太郎
北海道大学大学院農学院 木材工学研究室 修士2年
Period: 11th~22nd August 2024
初めての海外がアラスカだという方はそう多くないと思いますが、私はそのうちの一人です。学部時代に森林科学を専攻していた私は、どうしても海外の森林を一度見てみたいという思いが以前からありました。これまでに海外経験の無かった私は、大学のサポートを受けながら海外へ行けるのを魅力的に感じ、勢いでこのNJE3プログラムに応募しました。
現地ではおよそ10日間にわたり、アラスカ大学フェアバンクス校(UAF)の二人一部屋の寮で寝泊まりしながら、北極域に関する講義の受講、様々な観測・研究施設や博物館の見学、フィールドワーク、ファイナルプレゼンテーションの作成を行いました。寮生活は非常に快適で、トイレやシャワーも清潔でしたし、心配していたような問題は何も起きませんでした。
私が滞在したフェアバンクスは、アラスカ州内陸部の森の中にある人口5万人弱の町です。日本の田舎と違って若い人が多く、規模の割に活気がありました。これには、町に住む人の多くが、学生か軍事関係者、資源・インフラに関わる仕事をしている人であることも背景にあるようです。町の経済を数種類の産業に依存していることの脆弱性は時に問題になるのではないかとも思いましたが、町が荒れたような痕跡は、どこにも見つけられませんでした。この森の中の小さな都市の雰囲気はとても明るく、人々はみなフレンドリーで、皆が自信をもって自分の人生を楽しみながら、牧歌的な日々を過ごしているようでした。
写真1 UAFのキャンパスから見たフェアバンクスの市街地の一部とアラスカ山脈
現地での印象的な経験を挙げるとするのであれば、やはり広大な自然の中で行ったフィールドワークになると思います。私にとっては、2日目の野外作業も、デナリ国立公園への遠足も、寮から食堂までの毎朝の短い散歩も、現地の気候や自然を体験できるという意味では全てフィールドワークだったのですが、ここではアラスカに来て初めて本格的な森の中に入ることができた、2日目のフィールドワークの体験を紹介したいと思います。
私たちはアラスカに到着した翌日、現地で雪氷学や森林科学を研究している研究者の方の引率で、バスに乗って大学の近辺を回りながら、北部の油田から南部の港までをつなぐ石油のパイプラインや、オーロラや森林のフラックスを観測するいくつかの研究施設の見学に出かけました。このエクスカーションの途中で、森の中を歩きながら植生の下に埋もれた永久凍土の深さを調べる作業を体験しました。アラスカでは、気候変動に伴う永久凍土の融解、それらが生態系に与える影響が以前から問題になっています。永久凍土の深さを調べるには、硬い凍土層にぶつかるまで直径数センチの棒状のポールを地面に突き刺して沈ませ、埋まった部分のポールの長さを調べるという方法がとられています。実際に作業を体感することで、気候変動に伴う永久凍土の分布変動という壮大かつ非常に重要な研究が、地道な作業の連続に支えられていることを、身をもって知ることができました。
さらに私はこの日、アラスカの森林について、とある発見をしました。当初、私の期待通り、移動するバスの窓から見えたアラスカの森の風景は、北海道とはまるで違っていました。アラスカは、日本に比べて一つ一つの地形が格段に大きく、隣の山までの距離も尋常ではありません。先の尖った針葉樹ばかりが生えていて、絵葉書のような美しい景色がどこまでも続いています。しかし、一旦バスを降りて森の中に入ってしまうと、地形や景色などのスケールの大きなものは全く見えなくなって、その代わりに北海道にも自生している小さなカンバ類やトウヒの仲間などの樹木が目に留まりだしました。そのとたん私は、永久凍土の深さを測るためのポールを握りながら、自分は今、北海道の森の中にいて、学部時代に経験したようなフィールド作業をしているだけなのではないかという錯覚に陥りました。私は樹木学や生態学を専門にしているわけではないので、下層植生の違いや、アラスカの樹木と北海道の樹木の分類学上の厳密な違いなどといった細かい点に鈍感だったのだとは思いますが、北海道のものと似た植物が生えた、どこか親近感のある森の中の風景を見ることで、アラスカと北海道が地理的にも気候的にもそう遠くない場所に位置していることを思い出しました。私はこの発見をするまで、アラスカの森、北海道の森というように森の前に地名をつけ、それらを意識的に分けて考えていたのですが、アラスカも北海道も人間が勝手に作った境界で、植物には本来関係が無いはずです。国境を跨ぐと大きく変わってしまう言語や法律、それに基づいた都市景観等の人工物などと違い、自然界には連続的なつながりがあることを再確認させられました。
写真2 2日目のフィールドワーク 壮大なアラスカの風景
室内講義では、文系や理系の隔たり無く、様々な分野の研究者が結集して北極域に関する研究を行っているInternational Arctic Research Center (IARC)の教員の方から、アラスカを含めた北極域における様々な問題が、地政学、生態学、船舶工学、歴史学など多様なアプローチから取り上げられました。この中には、私にとって今まで馴染みの薄かった学問や背景知識の少ない分野も含まれていましたが、様々な視点から問題を解釈することは、現地のより深い理解に非常に効果的でした。国際条約で保護されている南極と違い、北極はそこに眠る資源や新たな航路開拓の可能性が持つ魅力によって、既に自国の利益に敏感な国々が未来の権益のために繰り広げる戦いの主戦場になっていることを知りました。また、北極域の環境変動が地球全体に与える影響が甚大であることから、環境問題を専門とする数多くの研究者にとっても、北極域はメジャーな研究対象になりつつあります。一方で、急速な開発や研究調査に伴って、北極域に住む先住民の人々が持つ権利の侵害が問題になっています。また、彼らへ許容される支援や介入の程度の決め方などが、必然的に国際的な議題となり、これらの解決に必要な学問領域やステークホルダーの数は年々拡大しています。一見自然豊かで穏やかな時間が流れていそうな地球の端で、このような熾烈な競争や国際的な努力が日々繰り広げられていることを、私は初めて知りました。それと同時に、様々な学問が発展し経済的にも小さくない規模の国に住むこの私が、たとえ北極域との距離が離れていてもこれらの問題を自分に関係することとして捉えることが、北極域に関する研究の推進、明るい未来のために重要であると思うようになりました。
プログラムの終盤では、これまでの体験や学習を総合して、北極域に関する研究の新たなスキームを一つ提案するというプレゼンテーションに挑みました。私たちのグループは、専攻や出身も様々な、北大に在籍する留学生やアラスカ大学の学生を含む多様な人々で構成されていました。全員の意見を尊重して、各々が今回の体験で得た現実的な視点を取り入れれば取り入れるほど、まとまりがなくなって議論が暗礁に乗り上げていくという体験をしました。最終的に、理想的で非現実的な前提に基づいた提案や、(自分にとっての)妥協を許した部分をゼロにはできませんでしたが、それでも他のグループの学生や先生方の前で何とか形になる発表を行うことができました。専攻や出身の異なる学生の意見は私にとってとても新鮮で、出来上がったプレゼンは多角的な視点が取り入れられた、一人では作ることのできない高度で学際的なものになりました。しかしながら、異なる意見をまとめ議論を前に進めていくということの困難さ、さらにその中で自分の意見を英語で言うために求められる英語力の重要性も同時に痛感しました。最後になりましたが、これから留学を考えている人にメッセージを伝えたいと思います。留学には様々な形があり、どういう形態が自分の目的に最も合っているのか、迷われている方が大半だと思います。このプログラムは比較的、あらかじめ用意されたスケジュールに沿って学習し、安全面では大学の手厚いサポートを受けながら行うものです。自分の好きなようにやりたい方や、自主的に行動することで自分を成長させたいと考えている方には向いていないように見えるかもしれません。しかしながら、私は今回の体験を通じ、自分の関心や興味の薄かった学問からのアプローチは現地を深く理解するために非常に有効であることを知りましたし、決まったプログラムの中で自分の目標を達成するのには高度な自主性が求められることにも気が付きました。さらに、先生方やスタッフの方々の綿密な事前準備に基づいたプログラムだったからこそ、10日間という短い期間にもかかわらず数々の濃密な体験ができました。これは、自分で一から計画して自分の好きなように行動する種類の留学や旅行では得られない経験だったと思います。また、今回の経験が自信にもつながり、より長期間で自主的な留学も考えるきっかけにもなりました。このプログラムは、自分の好きなように行動してみたい人、自分の関心のない分野にチャレンジしてでも見識を広げてみたいと考えている人、これまでに海外経験が少なく次につながる留学をしたいと考えている人、全員にとって格好の成長機会になると思います。皆様が、それぞれにとっての最高の留学ができるよう、心から応援しています。